能面病!?

扇一平です。

趣味の話は少しお休みで。
ツタバナの講師陣にはテレビをやっていた方が多いのですが、ラジオのアナウンサーとテレビのアナウンサーとは仕事内容がけっこう違います。
私の妻はテレビのアナウンサーでしたが「ラジオは難しい」と言います。
でも私はテレビこそ大変だとつくづく思います。
第一に今のテレビのキャスターって立ってるだけじゃないですか!

座ってしゃべれるラジオは疲れなくていいですね。

文化放送時代、系列テレビ局が明確で無かったため、時々各アナウンサーにテレビの仕事もありました。
私は自分の顔が能面のように映ってとっても恥ずかしかったことを思い出します。

1984年に私が夜ワイド「はっとミラクルアイドルナイター」という番組を担当していたとき、プロデューサーから「来週テレビが入るからよろしく」と言われました。
まだ文化放送が四谷にある頃です。

それは堺正章さんが司会をしていた渋谷公会堂からの生放送「ザ・トップテン」の中継でした。

その日は私の番組に菊地桃子さんのゲストが決まっていて、桃子さんの新曲がベストテンに入ったので追っかけマンの堀敏彦さんがスタジオにやってきてレポートをするというものでした。

プロデューサーは見栄を張っていつもの小さなDJスタジオではなく、一番大きな第1スタジオを用意、そしてさらに見栄を張って普段使っていない女子大生電話オペレーターをスタジオ内に50人も座らせました。

私は単に菊地桃子さんと私をテレビカメラで追ってあとは堀さんがすべてやると思っていたところ、番組前の日本テレビ中継ディレクターからの説明で、「それでは堺さんから文化放送第1スタジオの扇一平アナウンサー!」と呼びかけますので、それに答えて少しやりとりしてください。
あとは堀さんがフォローしますので」と言われたので、急に緊張の度合いが高まってしまいました。
「扇さん、テレビは?」もちろん初めてですと答えようとしましたが、見栄を張って「そうですね数回ですかね」と言ってしまった私がいました。
「じゃあ大丈夫ですね。
ライトが付いたカメラに向かって喋ってください。
そして堺さんが、それでは扇さん、曲紹介をお願いしますと言いますので、カメラに向かってお願いします」

台本を見ると、扇「それではザ・トップテン、今週の第3位、菊地桃子さん『雪に書いたラブレター』と書いてありました。

はっとミラクルアイドルナイターは夜7時半から9時までの番組。
ザ・トップテンは8時からの放送です。菊地桃子さんの出番は8時40分くらい。
呼ばれるまで自分の番組をどのようにして進行したか覚えていません。
ただ「今夜はザ・トップテンの中継が入るので、ラジオを聞きながら日本テレビをつけておいてください」という台詞だけは頻繁に言っていました。

「まもなくテレビ中継が始まりますよ!」というと凄い光が浴びせかけられました。照明です。
ラジオにはこんなものありません。
一瞬たじろぎましたが、すぐに渋谷公会堂の堺正章さんが「さて今日は菊地桃子さん、文化放送で生放送中だということです。
文化放送アナウンサー扇一平さん!」と目の前にあるテレビモニターの画面から呼びかけられました。

テレビのディレクターは正面のカメラを指さします。

一応挨拶をすると堀さんが「菊地桃子さん、今夜は文化放送はっとミラクルアイドルナイターに生出演中です」と説明、堺さんから「扇さん曲紹介をお願いします」と言われ「それではザ・トップテン、今週の第3位、菊地桃子さん『雪に書いたラブレター』」と言うとカラオケのイントロが流れ、桃子さんがマイクを持って立ち上がり歌い始めました。

時折歌を聴きながら陶酔した表情をしたはずの私が映ります。
しかし能面のようでした。

曲が終わり、堺さんに引き取られるとバン!とライトが一斉に消え、いつもよりさらに暗くなったようなスタジオに戻りとても寂しく感じました。

あのときほど「自分はラジオのアナウンサー」と感じたことはありません。
あのあと何度かテレビの機会がありましたが、表情を作ろうとすればするほど能面病は激しくなるばかりでした。
テレビとラジオは違う!そう思いながら数十年、今は年に数回楽しくテレビもやらせていただいています。
もう怖いものありませんから。

画像がめちゃくちゃ悪いのですが、そのときの雰囲気を。