会話のはじめは、何はともあれ、互いの名前の名乗り合いから

1964年に開催された、前回の東京五輪。
私は中学2年生、茅ヶ崎という半農半漁の町でボンヤリ卓球部員として過ごすイケていない少年だった。

バレーボール部やサッカー部の連中は、自分たちがやっている競技がオリンピックの正式種目となっていたから、すっかりその気で、いつも以上に気合いが入った練習をしていたが、私たちはマイナー競技(当時卓球は五輪種目では無く暗いスポーツと言われていた)という引け目もあって、体育館の隅っこで、ちんまりと練習を続けていた。

 

さて本論はここから。

前回の東京五輪が開催された1964年に生まれ、現在56歳の人の中の名前には「五輪」とか聖火の「聖」の時を入れた「聖子」と言う名前が少なくない。橋本参議院議員の名前の「聖子」も五輪から来ているように。
五輪競技大会組織委員会会長という大役を手にしたのもメダリストというだけで無く「聖子」という名前もアピール力したのかもしれない。

新聞によれば、橋本議員に限らず一般の方にも前回の五輪の年に生まれたことから五輪関係の名前を付けた人が思った以上に多いと伝えている。

例えば栃木県で聖火のトーチを持って走った女性のお名前は「本田五輪子(いりこ)さん、大学まで陸上競技を本格的に続け現在は小学校の先生をしている山田五輪子(さわこ)さん、富士通で大活躍の役員、中山五輪男(いわお)さん」などなど、いずれも1964年生まれの56歳だ。

子供の頃はからかわれたりしたかも知れないが、大人になれば、名刺交換など初対面の話題には必ず「イジってもらえ」たり、少なくとも名前をキッチリ覚えてもらえるメリットは計り知れない。

 

会話のはじめは、名刺交換があったりして、何はともあれ、互いの名前の名乗り合いからスタートするもの。そこで必ず「引っかかってもらえる」というのはビジネス上も大きなメリットだ。

 

ほとんどの国民がこぞって熱狂した前回大会とは事なり、今回は様々な意見や立場が錯綜する大会となってしまったため「五輪男」という名付けがなされるかどうかは微妙だ。

「名前」は親が子に与える「人生最初のプレゼント」だと言われる。
せっかくのプレゼントなら、覚えやすく、話題の生まれやすい名前にするのが子供孝行かも知れない。

ついでに言えば、名前ひとつで盛り上がれるとなれば、我々インタビューする側にとってもこんなにありがたいことはない。