「ことば癖」の「お悩み」どう受け止める?

梶原しげるです。

 

「ことば癖」というのは厄介なものです。

 

自分では、そんなに繰り返している自覚はありませんが、聞かされる側は、「ことば癖」の方が気になって、話の中身に集中することが難しくなったりすることがあります。

 

例えば、話し始めには必ず

「あのー」「えー」「えーと」「えっとー」など「癖ことば入れる人」、いませんか?

 

某会議で月に一度ご一緒する、会をとりまとめる「コーディネーター役」の人は「あのー」と「えっとー」がないと話を続けられないのではないかと思われるほど、話しはじめには必ず「あのー」「えっとー」が入ります。

 

「あのー、えっとー、今日は、あのー、文化庁が発表した、あのー、えっと、
日本語についての、あのー、えっと、世論調査の結果を受けて、あのー、えっとー・・・・」

 

「そこまでひどい人はいないだろう?!」「雑音が入りすぎ鬱陶しい」と突っ込まれそうですが、結構いらっしゃるんですね、これが!

 

では「あのー」や「えっとー」など雑音を一切排除した、無駄のない「完璧なセンテンス」が理想か?といえば、そうでもありません。

 

「あのー」や「えっとー」などの「ことば癖」は、必ずしも「言葉に詰まった、苦し紛れの場繋ぎワード」というだけでなく、聞き手に話を理解する「間」を与えたり「丁寧さ」を表現する「好ましい役割」も果たしています。

 

例えば上で紹介した、月一お目にかかるコーディネーターさんが、「あのー」や「えっとー」など「間合いを作る言葉」を一切排除して話を始めると、確かに「テキパキ感」は出ますが「噛んで含めるような、優しく、親切なものの言い方」からはちょっと外れる気もします。

 

言葉癖はノイズとしての鬱陶しさは確かにありますが、話の聞き手に「間を与える気遣い」という一面もあると知れば「許してやっても良いかなあ」という気になりそうですね。